私はティッシュを配っていた
なぜ辞めたのか
私はエネルギー会社で、お客さまに「エネルギー以外の価値」を届ける仕事をしていた。
現場に入り込み、業務を理解し、生産性を上げ、コストを下げる。お客さまに感謝されることもあった。やりがいはあった。
でもある時、気づいてしまった。
私がどれだけ良い仕事をしても、お客さまにとっては「エネルギー契約のおまけ」でしかないということに。おまけが良ければ嬉しい。でも、なくなっても困らない。
街中でもらうティッシュと同じだ。
鼻セレブなら少し得した気分になる。でもティッシュがもらえなくなったからといって、その道を歩くのをやめる人はいない。
私の仕事はそういうものだった。
何もつくれない自分
もっと正直に言えば、組織の構造よりも深刻な問題があった。
私自身が、何もつくれない人間だったということだ。
お客さまの課題は見える。何をすれば解決するかもわかる。でも実際にそれを形にするのは、いつも私ではなかった。技術を持つ外部パートナーを探し、つなぎ、段取りをつける。私の仕事はそこで終わっていた。
課題解決とは提案することではない。まして、解決できる人を連れてくることでもない。自分の手で実現することだ。そう信じていたのに、自分がやっていたのは真逆だった。
あちら側に行きたい
一人だけ、「こうなりたい」と思える人がいた。
外部パートナーの方だった。技術の引き出しが底なしで、私が「これは無理だろう」と思う課題を、当たり前のように解決してしまう。初めて一緒に仕事をした日のことは今でも覚えている。
あちら側に行きたい、と思った。
でもこの会社にいる限り、私はずっとこちら側だ。総合職として異動を繰り返し、技術を深く磨く時間はない。そして何より——毎月確実に届く給与明細の安心感の中で、あの人と同じ覚悟を持てるとは思えなかった。
ティッシュを配る側から
「あなたにお願いしてよかった」ではなく「あなたがいなくても別に困らない」。それが自分の現在地だった。
会社を辞めた。
ティッシュを配る側から、なくてはならない存在になるために。